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2006年7月26日 (水)

想像力を殺したのは誰か

NHKスペシャルの『working poor』を見た
番組の中には35歳でコンビニのゴミ箱から雑誌を拾い集め
かっぷ焼きそば、などを、食べながら生活している男性などが登場した

『格差社会』と言われて久しい、
色々な原因が人々の間で論じられている、

政府は有効な手段を打てないどころか
『格差があって何が悪い』という態度でいなおっている

誤解しないで欲しいのは
私は『格差社会が駄目だ』という事を言おうとしているのではない
私が言おうとしているのは

『格差社会とは何か?』ということを真剣に考えようとしている人が
どれくらいいるだろうか?ということである

格差社会の原因は何か?
その根本的な原因を突き止めなければ
この問題は解決しない

+++++++++++++++++++++++++++++++++

私は思う

日本は急激に成長し過ぎたのだ。
他の国と『格差』をつけすぎたのだ。

明治維新の頃から醸成されてきた
「自主独立」の精神は

敗戦で焼け野原をみた後も
燃え上がり続け

欧米においつけ、おいこせ、で、
ついに、Japan as No 1になってしまった

そんな時代の日本人を作ったのが
『パッチワーク式勉強方法』である

学ぶことは真似ること

そこから日本人はオリジナルな
考え方を生み出してきた

豊かになるために
それだけを夢見て

豊かになった今
『パッチワーク式勉強方法』が
役に立たなくなっている

学ぶ事は真似されないこと

インターネットによって24時間
世界中であらゆる新しい事業、アイディアがとびかい
顧客は世界中からそれらを求めてお金を動かす

そんな世界になった今
パッチワーク式勉強方法は必要なくなってきていると思う

定期テストのために、暗記を繰り返す
英単語の発音記号の暗記を繰り返す
小説における筆者の解釈の暗記を繰り返す

記憶力を鍛える勉強方法はもはや役に立たないのだ
「使える記憶力」を鍛える勉強方法にしないかぎり
これからの時代にはついていけない

そのためには論理的な思考力
因果関係をつかむ力 など

日本人が苦手であった分野にこれから
私たちは手を出さなくてはいけないだろう

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2006年7月22日 (土)

都市論なんて早すぎる

東京まちかど伝説 Book 東京まちかど伝説

著者:平林 靖敏
販売元:岩波書店
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平林靖敏 『東京まちかど伝説』

「街角」ではなく「まちかど」
なぜ、題名をひらがなにしたのか
深い意味はないのかもしれないが
そこに私はこの本のテーマとも
言えるべき大切なエッセンスを
感じる。

東京の街なみをとった写真集は
山のようにあるが、その中でも
近年は『変化していく東京』
を写し取っているものが多い

古きものが壊され
新しいものが作り出され
生まれ変わる東京
そんな東京を写真は映し出す
それは緩やかに変化を続ける
柔らかな、時に凶暴な、
時にエロティックな、
時に静寂な、

とらえどころのない空間
「街」ではなく「まち」

私たちはとかく「都市論」を
唱えたがる、ヨーロッパの都市が
素晴らしい。日本は景観が駄目だ
道路の幅が狭い、便利じゃない

様々な観点から繰り出される
言葉たち、そのような
言葉たちに、耳を傾けていると
ふと、気づく

それは「都市論」でもなんでもなくて
個人の都市に対する「欲求」を
表現しているものに、過ぎないのではないか?

都市を本当に「みつめる」事ができた人で
なければ、都市全体のイメージはつかめない
都市全体のイメージをつかんだ上でないと
誰もが納得するような都市論は描けない

そのためには、いま少し、都市をみつめる
必要があるだろう、何か私たちは、急速に、
都市を、何か模型のように、論じる傾向が
あるのではないか、東京スタディーズ
一貫して論じられていたような、

鳥のような視点で都市をとらえたがる
傾向がある。それで全体をイメージした
つもりになっているのではないか、

そのくせ、未来に対する都市を描き出す
時には、自分のまわりの半径何百メートル
のことしか描けないのである

近年は、家のパソコンから世界中へと繋がる
時代になった、ただ、それと、ともに
私達の創造力の及ぶ範囲は、かえって、
狭まったのかもしれない

鳥のような視点を持つようになった
私たちは、いつのまにか、
近くをみつめる視点を忘れてしまったのかもしれない

近くをみつめ、遠くをみつめ、私達の目を
カメラのレンズのように、ズームアップしたり
クローズアップしたり、そして、その観た映像を

繋ぎ合わせたり、組み合わせたり、
そんなことをしながら、少しずつ少しずつ
イメージを形作る、

そんな歩みを忘れてしまっているのかも知れない

この本に映し出されているのは
東京の断片である

ただ、その断片をじっくり「みつめる」事ができたとき
1人1人の中に、とても豊かな東京の全体像が浮かび上がるだろう

そして、さらに、街にでて散歩してみてほしい
その東京の全体像はさらに豊かなものになる

あなただけの「東京まちかど伝説」が
そこから始まるのだ

都市論を論じるのは
それからでも
おそくはあるまい

東京スタディーズ Book 東京スタディーズ

著者:吉見 俊哉,若林 幹夫
販売元:紀伊國屋書店
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2006年7月20日 (木)

視覚が捨てた物をえぐりだす

ハリウッド100年史講義―夢の工場から夢の王国へ Book ハリウッド100年史講義―夢の工場から夢の王国へ

著者:北野 圭介
販売元:平凡社
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北野圭介さんの
「ハリウッド映画」と「ハリウッド映画みたい」の間(I)
という論文を読んだ。

http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/kitano/020414.html

彼の論文は難しくて、
「何を言っているか解らない」という感想が
amazonの書評などで目立ったりするけれども、
なるほど、言いたい事はシンプルな事だな、と
思ったりもする。ただ、私には文才がないので、
それを、いい加減な言葉でしか表す事ができない、

でも、要するに、彼が言いたい事は私が考えるに

「人々はハリウッド映画の影響を少なからず受けていて
 日々の生活を過ごしているときも、そのような視点で
 物事をみている。だから、9.11を「やろう」と
 思った人の中にもその視点は備わっていたし、
 それを観ている私達の中にもその視点は備わっていた、
 そして、「すでに」その視点が「備わっていた」からこそ
「あー映画みたいだね」という反応が現れたのである、
一度、どこかの映画館でみたような光景と、現実に
人類の歴史上始めた起きた出来事を、同じような出来事
として、私達の視覚はとらえたのである。

こういう考え方を私も最近、色々な写真とか映画を
観ている時に思ったりしていて、わりとほおっておくと
深刻な状況になるのではないか?と思ったりもする

小学生が、ある観光地を訪れた時に、星空をみて
「あなだらけの星空で怖い」と言って泣いたり、
「テレビと違う」といって戸惑いを覚えたり、

そのような事を考えていると、私達の「視覚」という
ものは、いずれ、機械にとりこまれてしまうのではないか?
ということすら、考えてしまう。メディアによって、
私達の視覚は機械化されてしまうのではないか?

しかし、どうやらそうでもないらしい。ということを、
また、最近思ってもいるのである。

畠山直哉さんという写真家がいる。
彼の作品「川の連作」は素晴らしい。

そこには私たちの「機械化された視覚」
によっては捉えることのできない光景が写っている

そこに映し出された渋谷川は、まるで
日本じゃないかのように、いや、地球ではないかのように
私達の目にうつる、

その写真をみて、要するに私は、
「アナだらけで星空が怖い」という想いをした
小学生と同じ状況に陥ったと言える、

ただ、そこで、私は同時にこうも気づく
「なるほど、私はこんな日常生活の
 こんな面をみていなかったのか」と、

私達の視覚は機械化されることによって
都合の良い情報だけをとりいれ、
それ以外の情報は捨象してきた
それが、ハリウッド的視覚とも言える

でも、それによって、捨象されてしまった
イメージ、現実、映像の断片なども、また、

その視覚の力によっていつでも取り戻す事はできるのだ
そこに、私たちが新鮮な驚きをいつも感じることさえできれば

畠山直哉 Book 畠山直哉

著者:岩手県立美術館,国立国際美術館
販売元:淡交社
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見かけが全て!だから!?

千円札は拾うな。 Book 千円札は拾うな。

著者:安田 佳生
販売元:サンマーク出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

そういえば、この本が出始めてから、
大前研一さんも『右脳が大事だ』
みたいなことを言うようになってきたと
思わないでもないけど、どうなんでしょ

人は見かけが・・・って言う本が
売れる時代だものね、

確かにそうだと思うんですけどね、
でもそれが何か危うい流れのような
気が、実は僕なんかはしています

だって「見かけ」ってどうやって
数値化するんだろう、まぁ、色々
やり方はあるんだろうけど、
そんなものを考えるビジネスも
現れるんだろうか、

でもマーケティングで計れない
ような、人々の深層心理って
むちゃくちゃあるなぁって
思っていて、、

心理テストである程度解る
って、それ、思っている
だけなんじゃないの、みたいな、

あと、どの会社もマーケティング
やるようになったら、1人がちする
人がいなくなる気がする、

検索連動型広告なんて、
毎日変わるじゃん順位が、
あれ限界じゃないの???
とかオモウケドね、

のほほー。、

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2006年7月17日 (月)

教育が最後の砦???

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代 Book ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代

著者:ダニエル・ピンク
販売元:三笠書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

前回の『プロフェッショナル』から
三ヶ月もたってないと思うんですけど、
大前さんはどんどん新しい事をやって
らっしゃる。凄いですね。
知的好奇心が衰える事がない。

実は僕は大前さんの本に出会って
『これは、教育産業にいくしかないな』
というかむしろ
『日本では教育産業しか生き残らないんじゃない?』
って考えたんですけど、

まぁ、それはおいておいて、
本の内容としては、
産業社会が来て
情報化社会が来て
その次に、
ハイコンセプト社会みたいなのが
到来するよ。という、

ワイキューブみたいな事を
言っている。

コンピューターにできちゃう事は
人がやらなくてすむようになるからね、

そして、私は思うわけです
ハイコンセプト社会が来るなら

ハイコンセプト社会に対応した
人々を生み出す場所が流行るはず

そして、人を育てること
これは、やっぱり、どんなに機械が発達しても
できないこと、そして、他国の人々が
容易に進出できないことなんじゃないかな?と

思うわけですよ

だから、僕は教育っていう分野を選んだのです
日本の中で、生き残る数少ない産業としてね

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『THE JAM論』

ザ・ジャム・ベスト・セレクション Book ザ・ジャム・ベスト・セレクション

販売元:シンコーミュージック
Amazon.co.jpで詳細を確認する

THE JAMが登場した時代

1960年がビートルズの時代であったとするならば、1970年代は誰の時代でもなかった。70年代はレッドツェッペリン、エアロスミス、クイーン、ヤードバース、ジミヘンドリックス、イーグルス、など様々な大物バンドが誕生し、「ロック」という音楽の多様性を広げていった。今回とりあげる「THE JAM」が登場したのは1977年、同年にはザクラッシュ、ダムド、などがデビュー、一年前の1976年にはセックスピストルズがデビューしている。

この1977年、と言う年を、わりと私は重要だと思っていて、この時、世界では何が流行っていたか?と言うと、実はビージーズによる映画のサウンド・トラック「サタデー・ナイト・フィーバー」である。なにせ全世界で6,000万枚という驚異的なセールスを打ち立てた。そんなビージーズに象徴されるように、世界的にディスコ・ブームが巻き起こり、ロックが大衆化してしまう時代でもあった。この大衆化の波に乗るように後に、ローリングストーンズ、クイーン、エアロスミスのような、いわゆるロックジャイアンツといわれるようなバンドがあいついで米国のヒットチャートをにぎわし、世界中で自分達の音楽のセールスを伸ばしていった。そして、この波にのって1981年にMTVが誕生する。この時、MTVはワーナー・コミュニケーション社とアメリカン・エクスプレス社によって設立される。映画でひともうけした会社が、さらにロックをつかって金儲けするために、MTVというものを打ちたてた。ロックはショービジネスとしての道をこの年からひたすら歩き始めることになる。

パンクムーブメントの裏側で

THEJAMはそんな年に誕生した。しかも、英国では三大パンクバンド「ピストルズ、クラッシュ、ダムド」とクラブミュージックが全盛期の時である。戦国時代のようなロックの時代に彼らは誕生した。孤高のロックジャイアンツと言えよう。私は正直、パンクムーブメントの圧倒的な印象が強いため、正直、THEJAMの事はあまり知らなかった。彼らの事を知るまでは、「この年って要するに、テクニックがうまいショービジネスロックに反発をもった三大パンクバンドができて、メジャーシーンに反発したい人達がパンクを聴いていたんでしょ」というぐらいに思っていた。ただ、オアシスのノエルギャラガーが大絶賛をしていたバンドということでしか記憶には残っていなかった。

ただ、そのパンクムーブメントの先頭を走ってきたピストルズが1978年に解散。クラッシュも79年のロンドンコーリングでパンク路線を転換。パンクの勢いは衰えた。露骨な政府・体制批判、ディスとーションのギター、メロディー軽視、シャウト重視のパンクロックブームは長くは続かなかった。ダムドやラモーンズのようにパンクのスタイルを貫いていくバンドはいたが、全体としてのパンクムーブメントは消息していったと言って良いと思う。そんな中、そんな激しく移り変わる音楽シーンの中で自分達のロックスタイルを貫いている「THE JAM」にコアなファンは惹かれたのだろう。その後、多くのパンクバンドが解散に追い込まれていくなかで、THE JAMは活動を精力的に続けた。

THEJAMの解散が決まり、その声明が発表された後、ファンクラブが動き、過去、初の初登場1位を記録した記念のシングル『ゴーイン・アンダーグラウンド』が再度1位にチャート・インするという快挙をなしとげた。まるで「一番を取らせて欲しい」という言葉をステージ上でファンに向けてなげかけ、吉田拓郎による「春一番」の作曲でチャートの一位を記録した「キャンディーズ」現象のようである。私は、この年以後のロックはあまり好きではない。MTVによってショービジネス化してしまったロックからは何も魅力を感じない。せいぜい魅力的なものがNIRVANAぐらいである。THE JAMが生きた時代ぐらいまでが、ギリギリで最後のロックムーブメントなのではなかろうか。本当にロックを解るファンが、ライブハウスに足を運び、直接自らの耳で音楽を聴き、熱心にNMEに目を通す=活字で音楽を理解しようとする。ある程度、濃いロックムーブメントが起こっていたのがこのぐらいの時代までだと思うのだ。そのロックムーブメントをこじ開けたのはピストルズやクラッシュであると思うのだが、そのムーブメントを熟成させ、良いところを味わいながら、自らのロックを楽しみ、ファンと一体となっていたのがTHE JAMなのではないかと私は思っている。

IN THE CITY

今回とりあげるのはIN THE CITYである。THE JAMというと、多くの人は3rdアルバム『オール・モッド・コンズ』を好むらしいが、今回はあえてとりあげない。ポールウェラーも認めているようにそれは彼らにとって「過渡期」のアルバムである。ロックバンドってのはやっぱりいつだって、登場した頃が一番みずみずしい。しかも、パンクムーブメントの真っ只中に現れたファーストアルバム、その中に収録されていたIN THE CITY、そこからは、彼らのバンドとしての所信表明みたいなものが感じられる。多くのバンドが群雄割拠のようにうずまくなかで「俺達のスタイルはこれだぜ」というような明確に彼らの立場を示しているような感じがするのである。

IN THE CITY 楽曲

<予断だが最初のギターのリフは銀杏ボーイズがパクッでいる。>そのリフからはじまるIN THE CITY。演奏はうまいとはいえないと思う。音もそんなに良くはない。ギターをあまり歪ませることなく、ポップなメロディーにのせて、ポールウェラーの声が響く。私は一番初め、「クラッシュと瓜二つではないか???」と思った。しかし、何度も何度も聴きこんでいくうちに気づくのだ、「毒がない」これはポールウェラーの歌がうまいからだろうか、クリーンなギターのせいなのか、メロディアスなメロディのせいなのか、しかし、ギターにコーラスなどはかかっていない、ドラムもノーマルなレコーディング方法である。むしろ、ギターとベースのバランスが悪いぐらいで、それぞれの音に注目して聴いていると調和を無くしているかのように聴こえてしまうのだ。そんなアンバランスにきこえてしまう楽曲が、なぜ、これほどまでに美しく、新鮮に聴こえるのか私には不思議だった。後にその悩みは吹き飛ぶことになるのだが、その結論はひとまずおいておいて、歌詞の分析に入ろうと思う。

IN THE CITY 歌詞

まず、このフレーズを見て欲しい、

In the city there’s a thousand things. I want to say to you.

彼らの歌詞には「街」とか、「世界」というような「空間」を表す言葉が多く登場する。ここでいうtownというのはロンドンの町並みのことだろう。彼らはこの当時、キャッスルやナッシュビルといった当時のロンドンのパブなどをまわっていたのだろう。「沢山の事があってそれをお前にいいたいんだ」という言葉には何か新しい時代を感じさせるものがある。「リバイバルロック」とも言われた彼ら、3大パンクバンドが衰退していく中で、ずっとシーンにおいて生き残って行った彼ら、彼らにはロック群雄割拠のロンドンの町並みは、とても輝かしいものに見えたに違いない。ピストルズのように、曲の一番初めから、体制批判を繰り出すようなバンドと違って、このフレーズはとても鮮やかに、とてもポップに、そしてとても、極端にいうと「青く」私の耳に響いてくる。三大パンクバンドの中で、猛獣のようなロックバンドが沢山いる中で、「青い」自分達のロックを、夢や希望を抱き続けるような心を、そのまま、爽快なロックのリズムで、歌詞に落とし込んで表現している。なんて爽快な歌詞の始まり方であろう。彼らにとっては、群雄割拠のロック環境、イギリスロンドンの町並みは、希望にあふれたthousand thingsを抱えた街なのだ。

しかし、彼らはそのまま楽天的にロックを奏でているだけではない。次のフレーズが彼ら独自の立場を描き出している。

I want to say. I want tell you. About the young ideas, but you turn them into fears.

 なるほど。これだ。ポールウェラーがもっていて他の三大パンクバンドがもっていなかったもの。THE JAMというバンドが息の長い、濃密なバンドになって、かといって、ショービジネスにも突き進まなかった理由、そんなものが解ったような気がした。

彼らはパンクバンドと衣装の面でも一線をかくしていた。他のバンドは、安全ピンで服をとめたり、ピアスをあけたり、髪をツンツンに逆立てたり、ベースを弾きながら客と喧嘩したり、客につばを吐きかけたりしていた。しかし、ジャムは黒いスーツを着ていた。髭も伸ばさず、それは、初期のビートルズがパンクをやっているみたいであった。後にポールウェラーはこう言っている。「自分たちの個性を追求はしたんだけど、パンク・グループの影響は抜け出せなかったよ。今から考えると黒いスーツとネクタイはすごく強いイメージだよね。でも、なんでみんながまだパンクファッションにひかれるのか、わからなかったよ。」ポール・ウェラー「まだ、パンクパッションに惹かれているのか、わからなかった」と述べている。そうか、彼らにとって「パンク」とはもう過去のものだったのだ。と私は気づいた。彼らは常に新しい音楽を追及していたし、このロンドンが抱えているムードはまだまだその新しいものを生み出すと信じていた。単なる「体制批判」「ストレス発散」のためのパンクなんてすぐ終わると彼らは信じていたのかも、いや、それを達観していたのかもしれない。彼らは彼らのスタイルを守りながら、彼らの音楽を楽しめばいい、そうすればいつか時代が僕たちについてくる。そんなふうに思っていたのかもしれない。

but you turn them into fears. しかしあんた達は、それを恐れに変えちゃう。この言葉が私には他のパンクバンドに投げかけられている言葉であるとも思う。パンクムーブメントというのはショービジネスミュージックへの反発、プログレミュージックへの反発心から生まれた。強烈な社会を変えるエネルギーに満ち溢れていた。しかし、それは、逆に、自分達の音楽の目標がはっきりとしすぎているために、自分達の個性もはっきりと打ち出さなくてはいけなかったし、その個性のイメージというものはわかりやすく固定化する必要があった。三大パンクバンドと呼ばれるためには、潜在的な音楽の可能性は「ある意味で」閉ざさなくてはいけなかった。ピストルズが急に、哲学的な歌を歌うのは変だったし、ダムドはやっぱり暴力的な歌詞でなくてはいけない、三大パンクバンドになってしまった(?)彼らは、「自己変革」ということを内心恐れていたのかもしれない。なぜって、変革を要求している彼ら自身が変革してしまうならば、彼らの行為そのものが説得力を無くすからである。しかし、彼らは社会に対して「変革」を要求していた。パンクバンドは後にそんな自己矛盾に陥って言ったのではないだろうか??ポールウェラーが最初のフレーズで予言した。Thousand thingsの中のひとつの要素でしかないものになってしまったのではないだろうか。それを傍目でみていて、それさえも、歌にしてしまう。

ロンドンの中でうごめくバンド達、それら全員を俯瞰しながら、オリジナルなリズムによってオリジナルなメロディーを日々模索し続ける。「もっともっと俺達の可能性は広がり続ける」「俺達は変化し続ける」だから、あんたたち、そんなに固まっちゃいけないよ。変化する事を恐れちゃいけないんだ。ということを、彼らは訴えていたような気がする。私はここの歌詞からそんな印象を受けた。そんな彼らにとって、街で決まりきった生活をしている人達は「退屈」にみえてしょうがなかっただろうし、その彼らが決まりきったようにパンクバンドの音楽を聴いて決まりきったように騒いでいる状態こそ、退屈なものであったのかもしれない。

In the city there’s a thousand men in uniforms, and I ve heard they now have the right to kill a man.

ここに登場している男達というのは一般的に考えられるのは「つまらない日々を生きている労働者」のことであろうが、私はand以後の文章に注目する。ある男を殺すための光を手に入れた??この、光を手に入れた男、人々、これこそまさにパンクバンドの人達なんじゃなかろうか??誰かを攻撃するためにロックをする。パンクバンドの姿勢が、ここの歌詞が誘発するイメージと重なるのである。

事実、ダムドの歌詞の中には「後ろから刺してやる」という言葉が何度も出てくる楽曲があるし、シドビシャスはしょっちゅう客と喧嘩していたし、映画の中では銃を乱射していた。同じイギリスでプレイしている彼らにとって、三大パンクバンドの「攻撃性」というものは耳に入っていたと思う。彼らはやっぱり、そんな「決まりきった攻撃性」を表現し続けるしかないパンクバンドに退屈を感じていたのではないだろうか。そして、最後のフレーズで彼らはこうしめくくる。

We want to say, We gonna tell you, about the young ideas, and if it don’t work at least we tried, in the city,

IよりもWeのほうが訴えている気持ちが強い。そこには「共感」を求める気持ちが入っている。「もしお前らがこの街でやろうとすれば、何か起こるけど、お前らが何もしようとしなければ、何もおこらないよね、」そこには、彼らなりのメッセージがあったと私は思う。決まりきったパンクバンドを決まりきった衣装で、見ている典型的なパンクファンに対しての、ロックがいつのまにか、決まりきった演奏争いに終始してしまったのを批判して生まれたはずのパンクロックが、いつのまにか決まりきった格好、決まりきった楽曲、歌詞しか生み出さなくなってしまった。そんな彼らをみて、THE JAMはあえてスーツというuniformを身につけ、ロックの自由を歌った。そしてそのロックの自由は、一人一人がその「ロックの多様性の可能性」を信じ続ければ、まだまだ起こりうることなんだ、お前たちがやろうとすれば、それは起こることなんだよ。という事を彼らは信じていたのかもしれない。

THE JAM が 戦国時代を勝ち抜いた理由

荒けずりな楽曲ではあるが、そこに感じた「さわやかさ」それは、三大パンクバンドと比較したおいかげで私の中に浮かび上がった、彼ら独自のスタイルであり、それこそがまさにTHE JAMが生き残った理由でもあるし、彼ら独自の魅力であったと思う。どんなに周りにパンクムーブメントという魅力的な時代の強烈な流れが起きていたとしても、それでも、ロックの変化する多様性の可能性を信じてやまなかったTHE JAM、

三大パンクバンドが、thousand thingsのピースのヒトツに過ぎないよ、と、あっけらかんとさわやかなクリーンなギターによるポップなメロディによって歌い上げたポールウェラー、そしてなによりもやっぱり、ファンを大切にした、かれらの姿勢、そんなものがTHE JAMを濃密なバンドにした理由なのではないか?と私は思うのである。『勝手にしやがれ』という身勝手なロックバンドが多かった中、彼らの時代を達観した音楽はさわやかに今の僕にも新鮮に響くのである。「ロックが死んだ」といわれる今の時代でも、in the city を聴きながら、東京の街に未だ「眠っている」変化をし続けるロックを探したい衝動に駆られるのである。

参照HP

http://plaza15.mbn.or.jp/~modskyushu/thejamstory.html

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2006年7月14日 (金)

東京花嫁

東京花嫁 Book 東京花嫁

著者:島内 浩一郎
販売元:アシェット婦人画報社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

熱い夏、じめじめした梅雨にはもってこいの写真集。

あくまでも東京の街の中での花嫁の写真。とこだわった

写真集。何が良いって表情が良い、こんなに女性は

ナチュラルに笑えるものかと、驚いた。新鮮な驚き。

そして、その、自然な笑顔の女性を囲む、二人の家族達、

彼らの笑顔もまた自然でまぶしい、そして、その彼らをつつむ

「いつもの」町並み、そう、彼らにとってそこは「いつもの町並み」

結婚するということは、街に認められ、社会に認められることなんだな、

と、そして、それは、物凄くタイヘンなことだけど、それが、うまくいって

めでたく結婚できると、こんな、良い自然な笑顔が出るんだなぁ、と、

実感しました。

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2006年7月 7日 (金)

話す力はいらない

うまく喋れるためにはどうしたら良いか?
うまく自分を表現するためにはどうしたら良いか?
という本は沢山みかけるが、

絶妙な話し方の技術 Book 絶妙な話し方の技術

著者:橋川 硬児
販売元:明日香出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

うまく相手の話を聞くにはどうしたら良いか?
という本はあまりみかけない

outputにばかり興味を持つ人が多いが
経済の流れが、大きく、顧客主義になっている以上、
相手の話を聞く能力が求められているのは言うまでもない

これからは、喋れる人が勝つのではない
喋りを引き出せる人が勝つ

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