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2006年7月20日 (木)

視覚が捨てた物をえぐりだす

ハリウッド100年史講義―夢の工場から夢の王国へ Book ハリウッド100年史講義―夢の工場から夢の王国へ

著者:北野 圭介
販売元:平凡社
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北野圭介さんの
「ハリウッド映画」と「ハリウッド映画みたい」の間(I)
という論文を読んだ。

http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/kitano/020414.html

彼の論文は難しくて、
「何を言っているか解らない」という感想が
amazonの書評などで目立ったりするけれども、
なるほど、言いたい事はシンプルな事だな、と
思ったりもする。ただ、私には文才がないので、
それを、いい加減な言葉でしか表す事ができない、

でも、要するに、彼が言いたい事は私が考えるに

「人々はハリウッド映画の影響を少なからず受けていて
 日々の生活を過ごしているときも、そのような視点で
 物事をみている。だから、9.11を「やろう」と
 思った人の中にもその視点は備わっていたし、
 それを観ている私達の中にもその視点は備わっていた、
 そして、「すでに」その視点が「備わっていた」からこそ
「あー映画みたいだね」という反応が現れたのである、
一度、どこかの映画館でみたような光景と、現実に
人類の歴史上始めた起きた出来事を、同じような出来事
として、私達の視覚はとらえたのである。

こういう考え方を私も最近、色々な写真とか映画を
観ている時に思ったりしていて、わりとほおっておくと
深刻な状況になるのではないか?と思ったりもする

小学生が、ある観光地を訪れた時に、星空をみて
「あなだらけの星空で怖い」と言って泣いたり、
「テレビと違う」といって戸惑いを覚えたり、

そのような事を考えていると、私達の「視覚」という
ものは、いずれ、機械にとりこまれてしまうのではないか?
ということすら、考えてしまう。メディアによって、
私達の視覚は機械化されてしまうのではないか?

しかし、どうやらそうでもないらしい。ということを、
また、最近思ってもいるのである。

畠山直哉さんという写真家がいる。
彼の作品「川の連作」は素晴らしい。

そこには私たちの「機械化された視覚」
によっては捉えることのできない光景が写っている

そこに映し出された渋谷川は、まるで
日本じゃないかのように、いや、地球ではないかのように
私達の目にうつる、

その写真をみて、要するに私は、
「アナだらけで星空が怖い」という想いをした
小学生と同じ状況に陥ったと言える、

ただ、そこで、私は同時にこうも気づく
「なるほど、私はこんな日常生活の
 こんな面をみていなかったのか」と、

私達の視覚は機械化されることによって
都合の良い情報だけをとりいれ、
それ以外の情報は捨象してきた
それが、ハリウッド的視覚とも言える

でも、それによって、捨象されてしまった
イメージ、現実、映像の断片なども、また、

その視覚の力によっていつでも取り戻す事はできるのだ
そこに、私たちが新鮮な驚きをいつも感じることさえできれば

畠山直哉 Book 畠山直哉

著者:岩手県立美術館,国立国際美術館
販売元:淡交社
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ブログを始めて良かったと思う事は私と同じように悩んでる人、私と言う人間を知ろうとしてくれる人に本当にちっぽけで、何も出来ない私でも知ってもらえる価値がある、生きてる意味がある、そう思える瞬間がある事・・・・ [続きを読む]

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