« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »

2006年8月31日 (木)

能力よりも信頼

王子製紙のTOBがうまく行かなかった
日経新聞で特集とか組まれていたけど

うまくいかないだろうな
って漠然と感じていた

やっぱりこの国の人は
「論理」より「利益」より

信頼で動いているんだなと
再確認した、

仕事が出来る人に必要なのは
能力、素直さとか色々あるけど

周りの人々の信頼を勝ち取る力
なんじゃなかろうか

これってなかなか身につけるのが
難しいよなぁと最近思う

本を読んで勉強したところで
人間味なんてにじみ出てくるもんじゃない

どれだけ周りの人に好かれてきたか?
によって人間味って決まってくると思う

そう考えると、小さなことでも
人に好かれようとすることって
別に汚いことじゃないんじゃないの?

って最近は思います

能力のあるやつが成功して信頼を集めるんじゃなくて
信頼を集めたやつが成功して能力があるように見えるんだな
って

| | コメント (0) | トラックバック (3)

集中力

私は集中力がない、いや正確に言おう
『好きなもの』『好きなこと』でなければ
集中する時間は持たない、
だいたい20分ぐらいが限界である

大学入試の時も
就職活動の試験の時にも
それには気づいていた

雑誌や本は沢山読むのだが
続けて集中して読んでいるのは
20分ぐらいである

日経新聞なんかも10分ぐらいでみるだけ
あとは興味がある記事を深く読むぐらいである

それで良いとも思っている
所詮、興味に残らないものは記憶に残らない

そして無理やり
興味を持って何か
記憶に残したとしても

その「記憶」が使われる事はないだろう

情報は取り入れたいときに取り入れる
食べ物は食べたい時に食べる
人には会いたいときに会う

それを心がけていける人でありたい

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2006年8月27日 (日)

仕事のえらびかた?

採用の超プロが教える仕事の選び方人生の選び方 Book 採用の超プロが教える仕事の選び方人生の選び方

著者:安田 佳生
販売元:サンマーク出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

何を一生の仕事にするのか?

就職活動が終わり

明日もし死んだとしても
今の仕事をやりたいか?

そんな漠然とした問いに
胸をはって答えられない
自分がいたことも確かである

ましてやこの就活バブル
若い人材はどこの企業
でも不足していて

電車の中の広告は
『自分探しの転職!
 自分探しの就職!』
まだまだ続けなさいといわんばかり

若者達は迷うと思えば
永遠に仕事に対して迷える
そんな気がする

自分もそう思っていた
これからは雇用は
流動化していくと

でも違うんじゃないかな
って最近はそう思う

変化し続ける事が
成長し続けること

安田さんはそうおっしゃる
でも、変化し続ける事と
仕事を変え続ける事が
イコールであるとは
僕は思わない

同じ仕事でも
何かその仕事で
『大きな事を成し遂げよう』
っていう、目標バーの違う人は

たぶん、いやでも、毎日、
「変化」に気づいて、さらされて
変化していくんだろうなって、
それで、毎日、わくわく、
厳しい、毎日を送って、
あっという間に、最高に楽しい
人生を過ごすんだろうなって

そして、そういう仕事をこなす人ほど
自分の仕事は、

自分のためじゃなくて
他の誰かのための
役にたっているんだろうなって思った

水谷先生、夜回り先生
http://www.sanctuarybooks.jp/mizutani/

彼は、ガンで先は長くない
でも、今の仕事を一生懸命続けている
いや、それは、仕事っていうか、たぶん
生きる事を精一杯、続けているんだと思う

「自分が死にゆく体である事を、誰かが、
 どこかで誰かが、今、死んじゃうかもしれない
 状態にいるから、それを、助けてあげなきゃ
 っていう気持ちを持っていれば、
 忘れられる」

みたいなことを言っていたが
その言葉にすべて表現されている
仕事へのスタンスが大好きです

そういうふうなスタンスで
仕事をしたいと思う

自分のために仕事するなんて
まっぴらだ、

誰かのために仕事をしたいよ
やっぱりね

| | コメント (0) | トラックバック (5)

2006年8月19日 (土)

行無常
おごれるものは ひさしからず

昔の人は良く言ったものである
どんなに元気な人も どんなにキレイな人も 
いずれ歳をとり 体は自分の思い通りに動かなくなり
やがて「死」をむかえる

私たちが「生きる」ということは
「死」に近づいているということなのだ

かぐや姫は天上に帰る前に
「このままずっとおじぃさんたちと一緒にいたい」
と願った。天上は「不老不死」の世界。
そこでは、一切の感情を失う代わりに永遠の命が保障される。

かぐや姫はとうしょ「永遠の命」よりも
短くて、感情の溢れる、現世での暮らしを望んだ

しかし、
最後になってかぐや姫は天上にかえってしまう

その時、彼女から「おじいさん」への思いは消えてしまう
かぐやひめはなぜ天上にかえってしまう決心をしたのか

私は思う 彼女は気づいたのだ
「おじいさん、おばあさん、はいずれ死んでしまう、
 そしたら、残されるのは私だけではないか、」

かぐや姫は、それならば、と、天上への道を選んだ
自ら、「死」を選んだ、

自然の「死」に直面するまえに
自ら「死」の中に飛び込んだ

昔から「死」というものは
色々な考え方がされていたのだなぁ、と、

しみじみ思います

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2006年8月12日 (土)

可愛い女の子と買い物袋大好きな人

千円札は拾うな。 Book 千円札は拾うな。

著者:安田 佳生
販売元:サンマーク出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

25万部売れているらしいですね
おめでとうございます
僕は発売日に買いました

『何かを得るために
 何かを捨て続ける事』

変化し続けるために
とても大切な事なんだなと

そういうふうに考えると
女性ってのはやっぱり

物凄く変化値が高い存在
だと思います

安田さんも本の中で
書いていらっしゃいますが

+++++++++++++++

日本人の女性はひょっとしたら
世界で一番変化値が高いのかもしれない

+++++++++++++++

その女性の中でも「可愛い女性」ってのは
さらに「変化値」が高いなと思うわけです

ファッションに気を使うし、
髪型に気を使う、
アクセサリーにも気を使う、

そうなると必然的に、沢山の雑誌をみて
たくさんの街に繰り出さなければいけなくなって

そうなれば必然的に
アンテナは敏感になるよね
という感じがします

ただ、最近
思うのは、色々遊んだり
活動的だったりしても、

変化値が高い人と
高くない人がいる気がするですね

大学生を観ていても
これは感じたりもするんですけど

要するに、何でもやればいいと思って
スケジュールをとりあえず埋めておけば
有意義な楽しい、理想的な大学生、

のように思っている人がいるんですけれど
おそらく、そのスケジュールを自分なりに
消化できなかったら、たぶん意味が無くて
もっと言うと、安田さんの言葉で言うなら

+++++++++++++++++++++

その出来事を経験したおかげで
過去の自分を捨てられなかったら駄目なわけで

+++++++++++++++++++++++

それが出来る人と出来ない人はこれまた
わかれるんだろうな。と最近思いました

個人的には、買い物袋を沢山かかえて買い物している人とか
名刺に自分の「肩書き」を沢山かく人とか
必死に、日記を、時系列で書いている人は

何か変化値が物凄く高い!!とは
個人的には思わないです

じゃぁ、捨てられる人と
捨てられない人の違いは何なのか?

それはまた次回考えます

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年8月10日 (木)

努力しなきゃいけない仕事は捨ててしまえ

80対20の法則を覆す ロングテールの法則 Book 80対20の法則を覆す ロングテールの法則

著者:菅谷 義博
販売元:東洋経済新報社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

毎日、バイトやらなにやらで忙しい
卒業論文をやりたいが、
来年の事を考えたいが、
忙しい

でも、心の中では
『大丈夫だ』とは
実は思っている

ロングテールの法則
ってご存知だろうか?

難しい事は解らないけど
『儲けの8割は
 仕事している時間の2割から
 来ているよね』的な話

確かに、良いアイディアが浮かぶのは
大抵、仕事の時間のほんの一瞬の間
だから、無駄な時間は節約して
オンとオフの区別をつけて
仕事をしよう、みたいな感じなんだけど

ここでの『2割』と『8割』の判断が
自分じゃなかなかつきにくいとも思うわけです

というか、それが解っていたら
誰もが、この法則を使って快適に仕事をしているはず

そこで、私が思うのは、
これって、自分の信頼している人に指摘してもらわないかんのじゃないか?
ってこと、です、

自分の得意なこと、って意外と
他の人のほうが知っているんじゃないのか?

就職活動で自己分析したけど
自分でやった自己分析なんか殆ど忘れた

人から指摘された言葉だけがいきいきと心の中に残っているし
その「強み」と「弱み」を意識して行動しているときのほうが
うまくいく場合が多い

自分だけのロングテールの法則を作り出すと危うい
人から『自分だけの』ロングテールの法則を作ってもらったほうが良いのではないか

自分の時間をあえて他人に投げ出す
自分のやらねばならぬ仕事や決断をあえて他人に投げ出してみる
その繰り返しで、案外、自分の事が客観的に見られたりするものなのではないか

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年8月 8日 (火)

悪魔のでもなんでもない

悪魔の文章術 Book 悪魔の文章術

著者:樋口 裕一
販売元:三笠書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

面白い
悪魔の文章術でもなんでもない
これからの時代には当たり前に
なるであろう文章マナー、
話し方にも応用できると思う

これからの時代、シンプルに
解りやすく、相手の気分を損ねないように
情報を発信する技術ってのは大切になってくる

何故って
情報が溢れているから
自分の文章を読んでもらいたければ
自分の言葉を受け入れてもらいたければ

シンプルに
解りやすく
差別化された表現

が必要になってくる

情報の時代から
ストーリーの時代へ

シンプルで
解りやすく
差別化された言葉だけに

人々はストーリーを
感じるようになってきている

大量に押し寄せる情報の中で
ふと、シンプルで平坦なメッセージに出会う時

脳みその思考回路の緊張はとけ
そこでは、自らの思考回路を動かすための

気力がわく

物から情報へ
情報から印象へ
情報からストーリーへ
ストーリーから感覚へ

時代は流れている

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年8月 5日 (土)

だからDSトレーニングが売れるわけだ

ピタコロダイス Toy ピタコロダイス

販売元:学研
発売日:2005/07/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

何故?と聞く力
因果関係を追う力
論理力

などが
日本人は弱い

小さい頃
記憶にないだろうか?

国語の先生が

「はーい、選択肢はア、
 それ以外は駄目、本文に書いてないだろうが、
 
 それで、選択肢アが何故○かってのは
 35行目に書いてあるな、よし、次」

みたいな授業

先生よ
先生よ

生徒はその

「何で選択肢アが35行目と繋がるのか???」
が解らなくて

問題が解けないんですよ

こういう「論理をすっとばす教え方」ってのは
わりと色々な場面で見られる

つまり、教えている先生達も論理力がまったくないんだよね
数学を教えている先生達も論理力がないんだよね

数学の参考書って沢山でているけど
本当にわかりやすいものって少なくないですか??

どうしたって、やっぱり
「これぐらいは解るでしょ」って所を
自然にすっとばして教えている人達が多いとしか思えない

自分ひとりで考えるだけの論理力はあるんだ彼ら
だって、立派な、大学卒業して、頭はいいわけだから、

だけど、本当の意味で「使える論理力」って

相手に説明できて、なおかつ
相手が納得できるような説明をする

ってのが
一人前だと思うんですよ

日本で、人に物を教えている人達の中に
ここまで、出来ている人は圧倒的に少ない

説明が出来る人は沢山いるよそりゃ
頭に思い浮かんだ自分の解き方を喋ればいいわけだから

でもそれを、相手に納得させるように
説明できる人はあんまりいない

日本の子供たちの数学と国語の学力低下は
大人たちの論理力不足に原因があると

私なんかは思うのです

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 2日 (水)

ウェブ2.0には興味が無いです

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる Book ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる

著者:梅田 望夫
販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

Web進化論って最近よく聞く事になった言葉だが
まったく興味が無い、いや、正確に言うならば
ずっと昔からそんなことみんな言ってたじゃない

要するに
インターネットは色々な事ができるよね

っていう論は読んでいても何も魅力を感じない
もっと具体的なWeb使用方法の変化などに私は興味がある

例えば企業のHP、ここ数年でその重要性は格段に上がった
そこは、ただ、単に「会社の地図」「IR情報」「決算報告書」
などを載せておけば良い「情報を載せる場所」から

新卒採用ページ、製品紹介ページ、キャンペーンページ
などの「物語を語る場所」へと変化してきた

そしてそのHPにおいて一つの会社が一つの「物語」を
語れるかどうかが、その会社に色々な意味で人を
集めてくる事を意味するようになった

それは、顧客であったり、社員であったり、
アルバイトであったりするだろう

たかがWebじゃないか というかもしれない
しかし、その「たかがWeb」すらも
会社として一つの、統一された、面白みのある
メッセージを用意して、社会に発信できないような
会社は、これから、淘汰される運命にあるだろう

企業のHPは「情報」を発信することから
「物語」を発信する段階に突入した
と私は思っている

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »